札幌高等裁判所 昭和25年(う)277号・昭25年(う)280号 判決
主文
原判決を破棄する。
被告人大島長一を禁錮五月に処する。
被告人上田実を禁錮五月に処する
被告人鑓野目常雄を禁錮三月に処する。
被告人種田実を禁錮三月に処する。
但し、この裁判確定の日から二年間いづれも右刑の執行を猶予する。
原審の訴訟費用のうち、証人江畑正夫、同和田甫に支給した分は被告人上田実の負担とし、証人中村幸夫、同井筒勇三、同鈴木キミヱに支給した分は被告人種田実の負担とし、証人大内光義、同鑓野目鉄三郞に支給した分は被告人鑓野目常雄及び被告人種田実の連帯負担とする。
理由
被告人等の弁護人大塚守穗及び大塚重親の控訴趣意、第一点について。
原裁判所は左の書面について検察官の請求により証拠調を施行し且つそのうち(1)の書面はこれを判決に証拠として掲げている。
(1)、菅隆藏の検察官の面前における第二回供述調書謄本。
(2)、鑓野目鉄三郞に対する裁判官の証人尋問調書。
(3)、同人の検察官の面前における第一回供述調書謄本。
(4)、井筒勇三の検察官の面前における第一回供述調書謄本。
而して菅隆藏、鑓野目鉄三郞及び井筒勇三は、何れも検察官の請求により原審の第二回公判期日において証人として尋問せられたが、本件公訴事実の存否に関し重要な事項につきその証言を拒絶したので、検察官は前記各書面の証拠調を調求したものである。これに対し原審弁護人から異議の申立があつたが、原裁判所はこれを却下し、右各書面は何れもこれを証拠とすることができるものと認めて証拠調を施行したのであるが、当裁判所は原裁判所の右見解は結局正当であつて、憲法違反又は憲法を不当に解釈して適用した違法はなく、従つて原判決は被告人の自白のみを以て有罪の事実を認定した違法はないと判断する。
しかし原裁判所は右弁護人の異議を却下する理由として前記(2)の書面は刑事訴訟法第三百二十一条第一項第一号に当り、その他の書面は第三百二十三条第三号に当るものであると説明しているので、先ずこの点について検討を加える必要がある。
そもそも右書面のうち(2)を除くその他のものは、何れも檢察事務官作成の謄本であり、且つその内容から判断して見ると、これは特に本件被告人の本件被告事件の証拠とするために作成せられたものではなく、別事件のために作成せられたものであることは明らかである。原裁判所はこの事実よりして、右書面は刑事訴訟法第三百二十三条第三号に当るものであると判斷したものであらうが、それは誤りといわなければならない。何となれば第三百二十三条は第三百二十一条乃至第三百二十八条の他の規定とともに第三百二十条の併外を規定したものであつて、即ち原則として第三百二十条を以て禁止せられた傳聞証拠のうち特別の条件を具えたものに対し証拠能力を与えた規定である。
而して右例外規定のうち第三百二十一条乃至第三百二十四条はその伝聞証拠の内容が正確であり且つ信用し得べきものであることが情況的保障されているものであつて、しかもそれを証拠とする必要のあるものに限り、それが伝聞証拠であり且つ供述者に対する被告人の審問権を行使させることができなかつたものであることを裁判官が考慮に容れることによりこれを証拠とすることができることとした規定であつて、その条件の軽重に從つて区別がなされているものであるから、当該被告事件の当該被告人以外の者が作成した供述書又はその者の供述を録取した書面であるならば、即ち第三百二十一条の適用を受けるものであつて、それが当該被告事件の証拠とするために作成せられたものであるか又は他の事件のために作成せられたものであるかに関係はないものと解釈しなければならない。
右に述べた見解からすれば、本件の右書面はいずれも被告人等以外の者の供述を録取した書面であるから、第三百二十一条所定の条件を具えた場合にのみこれを証拠とすることができるものといわなければならない。ところで原裁判所はこれを第三百二十三条第三号に該当すると判断して証拠能力ありとしたのではあるけれども、次に説明するように右各書面は第三百二十一条第一項第一、二号に該当し、これを証拠とすることができるものであるから、原裁判所がこれを証拠能力ありとしたのは結局正當であることに帰着する。
ところが本点控訴趣意の(八)項乃至(一〇)項には原裁判所がその訴訟手続の中途において本件書面が証拠能力ありとする理由について表示した前記判断の誤りを攻撃するのである。しかしながら元元証拠調に関する異議の申立についての決定は抗告を許さないものであるから、特に理由を附する必要はないのである。従つてたとえその理由において誤りがあつても結論において正当であるならば、それは判決破棄の理由となる訴訟手続の違反には当らないのである。所論引用の高等裁判所の兩判例は、いづれも特定の書面を、証拠物として証拠調をなすべきか、又は証拠書類として証拠調をなすべきかに関する判例であつて、本件には適切ではない。
ところで今本件の各書面について調査するに、(2)の書面が裁判官の面前における被告人等以外の者の供述を録取した書面で供述者の署名押印のあるものであることは記録編綴の右書面(一七四丁以下)を見れば明瞭でありその供述者鑓野目鐵三郞が公判期日においてその實質的な尋問事項につき証言を拒絶したことは前に述べた通りであつて、しかもその書面を檢討するに供述の内容は任意になされたものと認め得るものであるから、この書面は第三百二十一条第一項第一号に当り証拠能力のあるものと認められる。又(1)(3)及び(4)書面は、検察官の面前における被告人以外の者の供述を録取した書面で、供述者の署名のあるものであることも亦記録編綴の右各書面(一七二丁以下、一八一丁以下及び一八四丁以下)を見れば明瞭であり、その供述者菅隆藏、鑓野目鐵三郞及び井筒勇三がいづれも公判期日においてその實質的な尋問事項につき証言を拒絶したことは前に述べた通りであつて、その檢察官の面前における供述がいづれも任意になされたものであることは、その書面に供述者の署名のあること及び供述の内容が具体性をもつていることによりこれを認めることができるのであるから、これ等の書面は第三百二十一条第一項第二号に当り、証拠能力のあるものと認められる。而して本件のように供述者が公判期日において証言を拒絶した場合にも第三百二十一条第一項第一、二号の適用があると解する理由について、次に控訴趣意の項を追つて説明しよう。
(イ)(一) これ等の書面が証拠となし得るために、それぞれ一定の条件を必要とすることは各法条の示すところである。そもそも刑事訴訟法は憲法第三十七条第二項に基き、伝聞証拠の性質を有する供述と書面とを原則として証拠とすることを禁止したのであるが、当該伝聞供述の内容をなす本の供述者から重ねて公判廷で証言を得ようとしても、それが不可能な場合で、しかも犯罪事実の存否の証明のために必要であるという場合には、特にその供述が不正確又は不信用の危險のないものであることが保障される条件の揃つた場合に限つてこれを証拠とすることができることとし、その条件を規定したのが第三百二十一条以下の条文であることは既に説明した。從つて第三百二十一条第一項第一号及び第二号にはいづれも、「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため、」と規定するのは、それは公判準備又は公判期日において供述することができない事由として例示的に掲げたものと解すべきであつて、本件のように証人が証言を拒絶したために、その証人からは重ねて公判廷で証言を得ることが不可能な場合にも本条によつて他の条件を充足し、信用し得べきものであることが保障される限り、その証人の供述を録取した書面を証拠とすることができるものとしなければならない。本条は第三百二十条の例外規定であるから嚴格に解釈すべしとする所論には賛成であるけれども、それは被告人の権利と利益の保護に忠実でなければならないという意味であつて、法律の精神を探求すれば、以上の如く解することによつて、何等被告人に不利益をもたらすものではないのであつて、若し反対に解釈することによつて被告人が利益を得るとすれば、それは社会のために正当に処罰されなければならない者がその罪を免れることの利益であつて、それは不当なことであり、憲法がかかる不当な利益を被告人に与えんとする趣旨でないことはいうまでもない。
又証言の拒絶は証人に与えられた権利であることは勿論であるけれども、それ故にこそ証人が証言拒絶権を行使したときは立証者側にとつて証人の死亡と同じく、その証人により直接の証言を得ることの不可能なるに立至つた不可抗力的原因となるものであつて、これが証言不能や証人の死亡と同一視しなければならない論拠を覆す理由とはならない。
(二) 以上のように解するとすれば、被告人にとつては憲法第三十七条第二項によつて認められた証人に対する審問権を奪われる結果になるのであるが、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第一、二号に文言上明らかな場合でも、既に被告人の審問権は奪われているのであつて、それは被告人の審問権を奪つて、尚且つその書面に証拠能力を与える必要があるからであり、又それが故に法律は嚴重にその供述の信用性の保障を要求し第二号但し書の制約を設け又は第三百二十五条の規定を置いたのである。被告人の責に帰すべからざる事由によつて被告人の証人に対する審問権を奪われる結果となることは、証人の証言拒絶の場合も、証人の死亡の場合も同様であつて被告人のためには氣の毒であるが、前記のような必要性の上から已むを得ない制度といわなければならない。
(三) 証人が公判廷において証言を拒絶したときは、第三百二十一条第一項第一号に所謂「前の供述と異つた供述をしたとき」、又は同第二号に所謂「前の供述と相反するか著しくは実質的に異つた供述をしたとき、」に当らないことは、控訴趣意の主張通りであるが、この点は当裁判所の本件事案の判断に影響がないから説明を省略する。
(ロ)(四) 憲法第三十七条第二項には被告人に、すべての証人に対して審問する機会を充分に与えらるべきことを規定しているのであるがこれは伝聞証拠が不当に被告人の不利益に利用せられた過去の歴史に鑑みて、反対尋問を経ず従つて証拠価値の少いにも拘らず信用せられる危險性のある伝聞証拠を排斥することによつて、被告人に不当な不利益を与えることをなくしようとする精神であつて、これによつて被告人に不当な利益を与えることを許したものではない。伝聞の証拠は、たといその供述が正確であり且つ信用すべきものである事情が充分に保障されている場合でも、絶対にこれを証拠とすることができないとするのは、被告人の利益を強調するの余り、正当に処罰せられなければならない者を逸することによる社会全般の不利益を顧みない議論であり、被告人の権利の濫用であつて、憲法自体このような事態を肯定するものではない。従つて被告人がもともと審問権を有するにかかわらずこれを行使することができなかつたことを充分に考慮した条件を附けてこれに証拠能力を認めることとした刑事訴訟法第三百二十一条は、憲法違反を以て目すべきものではない。
而して証人が証言拒絶をした場合にも第三百二十一条第一項第二号の適用を受けると解すべきことは前の説明の通りであつて、同条をこのように解することも亦憲法違反ではない。
(五) 証人が証言を拒絶した場合に証人の態度を以て直ちに尋問事項を否認したものと解すべからざることは、控訴趣意の説く通りであるが、これは当裁判所の本件事案の判断に影響のないところであるからその説明は省略する。
(六) 証言拒絶の場合は、刑事訴訟法第三百二十一条第一項第一号及び第二号に所謂「供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」の一つの場合に当ると解することは既に前に説明の通りである。
(七) 所論のように基本的人権の制限規定の解釈は極めて嚴格にすべきものであつて、みだりに拡張類推的解釈を採るべきでないことは勿論である。しかし憲法の精神はその文言に謬着して解釈し得るものでないこと前の説明の通りであつて、証言拒絶の場合をも第三百二十一条第一項第一、二号に該当すると解釈することは決してみだりな拡張類推的解釈ではない。
以上の通りであるから、本点の控訴趣意は理由がない。
第五点について。
原判決は被告人大島の犯罪事実認定の証拠として、相被告人上田実の検察官の面前における昭和二十四年三月二十五日の第一回供述調書(記録第二八一丁)を掲げている。この書面はこの場合には刑事訴訟法第三百二十一条第一項第二号所定の条件を具えなければ証拠とすることができないものであることは控訴趣意に主張する通りである。而して上田被告人は原審公判廷において公訴事実の重要なる点について默祕権を行使して裁判官の質問に答えていないので、この場合には前に控訴趣意第一点に対する判断のとき説明したと同じ理由に基き、証人が公判期日において証言を拒絶した場合と同様に、第三百二十一条第一項に所謂「その供述者が死亡、精神若しくは身体の故障、所在不明若しくは国外にいるため公判期日において供述することができないとき」の一つの場合として取扱うべきものである。
(ハ) 而して裁判所が第三百二十一条第一項各号の書面の証拠調をするには、それが各号の条件を具備して証拠能力のあることを調査し且つ供述の任意性の調査をした上でこれを施行すべきであるけれども、その調査の方法としては、別段の手続があるわけではなく、任意の方法によればよいと解すべきであつて、その調査の行われたことが特に訴訟手続上に現われる必要はないものである。従つて訴訟手続上如何なる調査が行われたかが現われていなくても、それがためにその書面の証拠能力を否定する理由とはならない。しかのみならず今本件に見るに原裁判所は本件書面につき、特に刑事訴訟法第三百二十一条の第三者の供述録取書として証拠能力ありや否やを調査するとは宣言していないが、その署名押印が供述者の任意に基いてなされたか否か等について調査しているのである。従つて原裁判所が本件上田被告人の供述調書を大島被告人の犯罪事実認定の証拠とするについて、それが第三百二十一条の書面としての証拠能力ありや否やの点につき調査をしていないからこの書面には証拠能力がないという控訴趣意の論旨は採用できないところである。」(中略)
第二点及び第三点について。
(ニ) 刑事訴訟法第三百七十八条第三号に所謂「審判の請求を受けた事件」というのは、本件についていえば公訴の提起のあつた事件を指すのであつて、公訴事実として表示せられた訴因の一部について判断を脱漏したに止り、当該公訴事実と同一の事実と見られるものについて判決されている限り、それは審判の請求を受けた事件について判決をしなかつた場合には当らない。今本件において審判の対象となつている事件は何かというに(一)被告人大島が菅隆藏から昭和二十四年一月中旬頃金五万円の交付を受けたという筋の事実、及び(二)更に同被告人が被告人上田に対し、昭和二十四年一月中旬頃金五万円を供与し(三)上田がその供与を受けたという筋の事実及び(四)被告人鑓野目が被告人種田に対し、昭和二十三年十二月下旬頃金銭供与の約束をなし、(五)種田がその申込を承諾したという筋の五箇の事実である。これに対し原判決はそのうち(二)乃至(五)に当る四箇の事実については判決を下しているのであるが右公訴事実の(一)の点、即ち詳細にいえば、被告人大島長一に対する起訴状に記載せられている公訴事実のうち衆議員選挙法第百十二条第一項第五号に当る罪として掲げられた、「被告人は昭和二十四年一月二十三日施行の衆議院議員選挙に際し北海道第五区から立候補した林好次の選挙運動者であるが昭和二十四年一月十五日頃網走市南四条西一丁目の選挙事務所で菅隆藏から同候補者の選挙運動者である斜里郡小淸水村上田実に運動報酬として供与せられたいと依賴せられ其の趣旨を諒して金五万円の交付を受けた。」という事実については、別段の判決をしていないのである。しかし原判決は公訴事実の(二)に該当する事実として、「被告人が菅隆藏と共謀して昭和二十四年一月中旬頃上田実方において同人に対し林候補者の当選を得さしめる目的で金五万円を供与した。」と認定したのであつて、然る上は被告人大島が菅隆藏から金銭の交付を受けた(一)該当の行為は別に選挙法第百十二条第一項第五号の罪を構成しないと解せられるので、これに対しては別段の判決をする必要はないものである。従つて原判決は、たといその訴因の一部について判断をしない点があつても公訴事実の全部にわたつて判決を下しているのであつて、審判の請求を受けた事件について判決を遺脱したとはいい得ないので、本点控訴趣意のこの点を攻撃する部分は賛成できないところである。
(ホ) しかしながら原判決には本点控訴趣意に別に指摘するように、その判決理由にくいちがいの違法がある。即ち本件においては控訴趣意に指摘するように原判決は公訴事実として表示せられた訴因の一部について判断をしていない。詳しくいえば、本件各起訴状によれば、その眼目とする訴因は、(一)被告人大島長一は菅隆藏から林候補者の選挙運動者である上田実に運動報酬として供與せられたい旨依賴せられその趣意を諒して菅隆藏から金五万円の交付を受け、(二)これを同候補者の当選を得しめる目的で上田実に供与し(三)被告人上田実は林候補者の選挙運動者であるが、同候補者の当選を得しめる目的で大島長一から運動報酬として金五万円の供与を受け、(四)被告人鑓野目常雄は林候補の当選を得しめる目的で同候補者の選挙運動者である種田実に対しその運動報酬として金二万円を供与すべき約束をなし、(五)被告人種田実は林候補者の選挙運動者であるが、鑓野目常雄からなされた前記供与の申込を承諾した、という趣旨である。
選挙運動をなす者は選挙運動の費用の支弁を受けることができ、ただこれを支出するについて支出者側において政治資金規正法の制約を受けることになつている丈であるから、若し供与し又は供与を受けた金銭が選挙運動の費用であるならばそれは候補者に当選を得しめる目的で供与せられるものであるけれども衆議院議員選挙法の罰則第百十二条には触れないこととなる。従つて本件控訴事実においては供与金銭が訴因記載のように、運動報酬であるか否かは、衆議院議員選挙法第百十二条違反の犯罪を構成するか否かを決する重要な要件となるのである。しかるに原判決は供与を受けた者が選挙運動者であることを認定しながら、右の点について何等判断をしないで、單に(一)被告人大島長一は菅隆藏と共謀して上田実に対し、林候補者の当選を得さしめる目的で金五万円を供与し、(二)被告人上田実は大島長一が林候補者の当選を得さしめる目的で供与するものであることを知りながら金五万円の供与を受け、(三)被告人鑓野目常雄は種田実に対し林候補者の選挙運動を依賴し同候補者の当選を得さしめる目的で金銭を供与する約束をなし、(四)被告人種田実は鑓野目から林候補者の選挙運動を依賴され、鑓野目が同候補者の当選を得さしめる目的で供与するものであることを知りながら、同人の金銭供与の申込を承諾した、と判示したのは犯罪の成否に関する要件について判断していないのであつて、この判示では衆議院議員選挙法第百十二条第一項第一号又は第四号を適用して有罪の言渡をすることができないのに拘わらず、原判決が右判示事実に右法条を適用したのは判決の理由にくいちがいがあるものといわざるを得ないよつて原判決は刑事訴訟法第三百七十八条第四号第三百九十七条により破棄を免れない。
第四点について。
(ヘ) しかしながら供与をなし又は供与を受けた金銭が選挙運動の実費に当るか、運動報酬に当るかは、若しそれが区別されている場合にはこれを区別して証拠により認定すべきこと、もとより論のないとこるであるけれども、右の区別をしないで一括して費用及び報酬として供与し又は供与を受けたものであるときは、その金銭の全額につき違法性を帶有することになるのであるから、全額につき有罪の判決をなすべきものと解するのであつて、この解釈は刑事訴訟法第三百十七条に違反するものでもなく、又憲法に違反するものでもない。
第九点乃至第十二点について。
既に第二点及び第三点についての判断の際説明した通りの理由によつて、原判決は破棄せらるべきものであるから、量刑不当又は事実誤認を主張する本諸点については更に判断の必要がないから、これを省略する。
以上の通りであつて、原判決は結局破棄すべきであるが、当裁判所は一件記録及び原裁判所が取調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認めるので、刑事訴訟法第四百条但書に従い次の通り判決する。
(ト) 被告人等はいずれも昭和二十四年一月二十三日施行せられた衆議院議員総選挙に際し北海道第五区から立候補した林好次の選挙運動者であるが、
第一、被告人大島長一は菅隆藏と共謀の上同年一月中旬頃斜里郡小淸水村の被告人上田実方において、同人に対し、右候補者の当選を得さしめる目的で選挙運動の費用及び報酬として一括して金五万円を供与し、被告人上田実は右目的趣旨の下に供与せられるものであることの情を知りながらこれが供与を受け、
第二、被告人鑓野目常雄は昭和二十三年十二月下旬網走市の網走鮭鱒定置組合事務所において、被告人種田実に対し、右候補者の当選を得さしめる目的で選挙運動の費用及び報酬として金銭を後日一括して供与する約束をなし、被告人種田実は右目的趣旨の下に供与せられるものであることの情を知りながら、これが供与の申込を承諾したものである。
右の事実中
判示冒頭の被告人大島及び同上田の関係部分及び判示第一の事実は、
一、検察事務官作成の、検察官の面前における菅隆藏の供述を録取した第一回供述調書謄本(記録第一九五丁以下)。
二、同じく第二回供述調書謄本(記録第一七二丁以下)
三、検察事務官作成の、検察官の面前における被告人大島長一の供述を録取した第一回供述調書(記録第二五八丁以下)――これについては同被告人が原審公判廷で、默祕権を告知られ、署名押印をし、最後に読み聞けは受けなかつたが内容は判つていたと供述しているのでその供述は任意になされたものと認める。
四、検察事務官作成の、検察官の面前における被告人上田実の供述を録取した弁解録取書(記録第二七六丁)。――これについては同被告人が原審公判廷で、署名押印をし最後に読み聞けを受けたと供述しているのでその供述は任意になされたものと認める。
五、同じく第一回供述調書(記録第二八一丁以下)。――これについては最後に読み聞けを受けていないことが窺われるのであるけれども、被告人は原審公判廷において、右書面に署名押印したと述べているし、尚ほ前に掲げた同被告人の弁解録取書ともその供述の内容が符合する点から見て、その供述は任意になされたものと認める。
六、原審第七回公判調書中に被告人大島及び同上田の各供述として判示冒頭の被告人等関係部分に符合する記載のあること。
以上を綜合してこれを認定し、
判示冒頭の被告人鑓野目及び同種田の関係部分及び判示第二の事実は、
一、検察事務官作成の、検察官の面前における被告人種田実の第二回供述調書(記録第三〇三丁以下)――これについては予め默祕権が告げられていないことが窺われるのであるけれども、原審第七回公判調書中の証人中村幸夫の証言記載より、同被告人に対しては検察官はその第一回の取調の際に既に默祕権の告知をしているので、この第一回のほうは默祕権を告げなかつたという事情が判明するのであるし、又被告人は原審公判廷において、調書の内容は判つてをり、署名押印をしたと供述しているので、この供述は任意になされたものと認める。
二、検察事務官作成の、検察官の面前における被告人鑓野目常雄の第一回供述調書(記録第三一一丁以下)――これについては被告人が原審公判廷で、默祕権を告げられ最後に読み聞けを受け、署名押印をしたと供述しているのでその供述は任意になされたものと認める。
右を綜合してこれを認定する。
法律によると、被告人大島長一の判示行為は公職選挙法の施行及びこれに伴う関係法令の整理等に関する法律(以下これを単に法律と略称する)第二十五条第一項、衆議院議員選挙法(以下これを単に選挙法と略称する)第百十二条第一項第一号刑法第六十条に、被告人上田実の判示行為は法律同条同項、選挙法同条同項第四号第一号に、被告人鑓野目常雄の判示行為は法律同条同項、選挙法同条同項第一号に、被告人種田実の判示行為は法律同条同項、選挙法同条同項第四号第一号に各該当するので所定刑のうちいずれも禁錮刑を選択し、その刑期の範囲内で被告人等に対しそれぞれ主文掲記の刑を量定処断し、なお犯情に鑑み各被告人等に対し刑の執行猶予をなすのを相当と認め、刑法第二十五条を適用して、いづれもこの裁判確定の日から二年間右各刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条第一項第百八十二条により、主文の通り各被告人に負担させることとした。
尚被告人大島長一に対する公訴の事実中被告人は昭和二十四年一月二十三日施行の衆議院議員総選挙に際し北海道第五区から立候補した林好次の選挙運動者であるが、昭和二十四年一月十五日頃網走市南四条西一丁目の選挙事務所で菅隆藏から同候補者の選挙運動者である斜里郡小淸水村上田実に運動報酬として供与せられたいと依賴せられその趣旨を諒して金五万円の交付を受けたという事実について調査するに、前記菅隆藏の検察官の面前における供述を録取した第一、二回供述調書の各謄本と、被告人大島長一の検察官の面前における供述を録取した第一回供述調書とによるときは、被告人大島と菅隆藏とが共謀の上選挙運動者に運動費及び運動報酬として金五万円を供与しようと企て、菅がその金員を支出して大島に交付し大島がこれを上田実に供与したものであつて、この場合には既に判示の通り、被告人大島と菅とについて選挙法第百十二条第一項第一号の供与罪の共犯が成立するに止まり、管と大島との間の金員授与の行為は特に同条第一項第五号の罪を構成しないものと解するがそれは、判示第一の罪と包括一罪であるからこの点については特に主文において無罪の言い渡しをしない。
よつて主文の通り判決する。
(弁護人大塚守穗及び大塚重親の控訴趣意)
第一点
原審裁判は証拠として採用すべからざるものを証拠として採用し且つ犯罪事実認定の証拠として判決理由に援用した違法がある。原審裁判官は検察官が証拠調を要求した左記書類を被告人弁護人の同意なくして証拠として採用且その内(一)は之を有罪の証拠として判決理由に援用した。
一、検察官に対する管隆藏の第二回供述調書
二、裁判官の鑓野目鉄三郞に対する証人尋問調書
三、検察官に対する同人の供述調書
四、檢察官に対する参考人井筒勇三の供述調書
検察官はこれらの書類の証拠調を求める根拠として証言拒否を挙げた。弁護人は証拠法に違反する要求であること殊に憲法違反の要求であることを主張した。裁判官は(二)の書類は刑訴第三百二十一条第一項その他は刑訴三百二十三条第三号に該当する証拠物として採用した。
右裁判官の採用並に判決に援用したことは左記の理由により憲法を適用せざるか又は不当に解釈して適用した違法がある。尠くとも刑訴三百二十一条第一項及び刑訴三百二十三条の解釈を誤り不法に証拠として採用し且つ判決に援用したものである。而して右書類以外には証拠なく被告人等の自白のみで有罪の判断をしたのであるから此違法は判決に影響を及ぼすことが明かである。
(一) 証言拒否は証言不能でない。
法は証人が死亡、疾病、行方不明及び国外に在る場合即ち四つの原因により公判に於て供述することができない場合と限定しているのである。本件の証人は何れも健康で出廷しているので右四つの場合のどれにも該当しない。或者は右は例示的と解すべきものと主張するが条文は明らかに四つの場合と限定している。元来刑訴三百二十一条は刑訴三百二十条の大原則の例外規定であるから、嚴格に解釈すべきものである。殊に刑訴三百二十条は、憲法第三十七条第二項の大原則に則つて制定した条文であり刑訴三百二十一条は、憲法第三十七条第二項の例外的規定であるから、その解釈は最も嚴格に解釈すべきものである。証人達は法によつて与えられていろ権利に基いて証言を拒んだのである。証言拒否を証言不能と解するは違法である。尚刑訴三百二十一条の英文を見ると供述不能の原因として、例示的の意味が全然ないことを附言する。
(二) 若しも証言拒否を理由として検察官の作成した供述書又は裁判官の勾留尋問調書を証拠とすることが出來ることになれば被告人は憲法第三十七条第二項の証人に対する審問権を不当に奪わるるのみならず、最惡の情況の下に於てなされた供述が、最惡の情況の下に作成された録取書となつて、被告人の不利益な証拠となるのである。これでは被告人の責任に帰すべからざる第三者の行為により憲法上の基本的権利を失うことになる。故に刑訴第三百二十一条第一項第一号第二号に所謂「供述不能」とはあくまでも客観的故障による不能の場合と解すべきものであつて、主観的に任意に拒否した場合は包含せざるものと解すべきである。
(三) 証言の拒否は刑訴三百二十一条第一項第一第二号に所謂「前の供述と相反するか若しくは実質的に異つた供述をしたとき」に該当しない。相反するとか、実質的に異つた供述とは二つの供述が存在することを前提要件とする。然るに本件の証人は証言を拒んだのであるから比較すべき供述がないのである。公判調書に「証言を拒む」旨の記載は規則百二十二条の陳述であつて「証言」ではなくて「供述不存在」を証明する記載である。故に証言拒否を先の供述と相反する供述と解釈することは実驗則又は条理に反する。尚刑訴三百二十一条の英文を一読すれば、証言を拒んだ場合即ち証言を与えざりし場合は、絶対に含まざることは明らかである。
(四) 刑訴三百二十一条は憲法違反の立法である。従つて該法条により検察官が提出した書面を証拠として採用することは憲法違反である。憲法第三七条第二項に刑事被告人はすべての証人に対して審問する機会を充分に与えられる旨明記している。刑訴三百二十一条によつて提出する書面(供述)はすべて被告人に審問する機会を与えざる供述である。少くとも刑訴三百二十一条に所謂供述不能に供述拒否も含むと解釈することは、憲法三十七条を適用せざるか又は不当に解釈して適用した不法がある。
(五) 次に証言拒否の場合の証人の態度を以て尋問事項の否認と解し先になした供述と相反するものと解するものがあるならば、これは恐るべき暴論である。
そもそも証人の証言とは、言語による事実の説明であつて証人の態度は絶対に証言ではない。従つて態度から否認の意思表示(供述)の存在を認定することは根本的な錯誤である。(尚沈默を暗默の自白と解すべき場合については、フランクリン、クレム著、藤本孝夫訳、アメリカ刑事証拠法概要の五十七ページ以下を参照されたし、)
(六) 証言拒否は結果においては、証言不能と同一であるから証言不能の一態樣と解すべきものと主張するものがあるが、これは検事の立証が失敗に終つたと言う点が結果に於て同じなだけである。恰も人が旅行不在と死亡とは事実は違うのであるが目の前にその人を見ることが出來ないと言う点は結果に於て同一であることに似ている。
(七) 尚英法コンモンロー及アメリカ合衆国連邦刑事訴訟法に於ける被告人の証人に対する審問権の制限は眞に必要且つ止むを得ざる場合に限り之を認め且つ被告人の審問権を尊重する立前から、幾多の条件を附して之を認めているのであつて、基本的人権の尊重につき到れり盡せりと謂うことができる。
司法研修所発行ケニイ英国刑事法要論百四十三ページ以下、同所発行米連邦刑訴手続百四十九ページ以下百五十九ページ参照されたし、)合衆国憲法修正箇条第九条日本憲法第九十七条、九十九条等に照して基本的人権の制限的解釈は極めて嚴格にすべきものであつてみだりに拡張類推的解釈を採るべきでない。
(八) 原審裁判官は証拠として採用した前述の書類の内当該被告事件の記録以外の書面は証拠物と解し刑訴三百二十一条第一項に該当する書面なりや否やを審議する必要なしとし慢然刑訴三百二十三条第三号を適用して之を採用した。これは証拠書類と証拠物とに関する刑事訴訟法の解釈を誤つて適用し憲法三十七条第二項を適用せざる違法がある。
札幌高等裁判所昭和二十四年(を)第六十一号被告人李喆与に対する竊盜被告控訴事件の判決は原審裁判官の見解を支持する知く見える。若し果して然りとせば札幌高裁の右判例は明らかに違法である。この点については、東京高等裁判所第十二刑事部昭和二四年(を)新第七二六号被告人塚原住太郞に対する窃盜及放火未遂被告控訴事件の判決の方が正しい。札幌高等裁判所の前示判例は大審院の従来の判例に基いたように解せらるるが、尠くとも新刑訴法の証拠に関する法規の解釈には大審院の判例はあてはまらない。
(九) 刑訴三百二十一条乃至三百二十八条は書面の証拠能力に関する規定であることは、一点疑問の余地なき処であつて、従つて刑訴三百二十一条は供述調書、尋問調書が当該事件のものであるか、又は別事件のものであるかによつて適用を二、三にすべきでない。いやしくも刑訴三百二十条に所謂「公判期日における供述に代えて書面を証拠とする。)場合は刑訴三百二十一条乃至三百二十八条をひとしく適用してその書面の証拠能力の有無を決定すべきである。検察官が証拠調を請求している供述調書尋問調書は何れも「公判期日に於ける供述に代えて、」証拠として提出した書面であるから、憲法第三十七条第二項、刑訴三百二十条の規定の命ずる処により、刑訴三百二十一条三百二十八条を適用し、その証拠能力のあることを確認した上でなければ証拠として採用することは違法である。(後略)